しかし、実践レベルで深く使い込んでいくと、どうだろう。少なからず私はそこまでの実感がない。もちろん、私のレベルが低いのかもしれないが、今のところまったく万能ではないし、正直に言えば、使うべきではない領域もかなり見えてきた。
いろんなAI研究者が、日々いろいろな可能性を紹介してくれるが、現場での実践経験が少なければ、正しいことを教えてくれるとは限らない。だからこそ、私たち自身が実践しながら、そのポテンシャルを見極めていくしかないと思う。
そもそもAIは「理解」していない
先日、とても興味深い書籍を読んだ。それが、岡野原大輔著『ヒトとAI』(岩波新書)である。この書籍には、AIは物事を理解しているわけでも、考えているわけでもない。大量のデータを学習し、パターンを分析しているだけなのだ、と書かれてあった。
そして驚かされるのは、AIを活用していると、
「理解が先にあるわけではなく、結果が先に出てしまう」
という体験を、し続けることになることだ。私たちは病院で処方箋をもらうとき、なぜその薬が効くのか、臨床データを確認してから信じるわけではない。効くと言われたら、その通りに飲む。なぜ飛行機が空を飛ぶのか、原理を知らなくても、私たちは飛行機に乗る。このように「理解していなくても」結果を、そのまま受け入れているのだ。
医師や航空機には、長年の実績と検証の積み重ねがある。しかし私たちがふだん活用しているAIの出力には、そこまでの裏付けがあるとは限らない。パターンとして「らしく」見えるものを出しているだけ、のケースも多いはずだ。
それでは、冒頭の営業のエピソードの話に戻ろう。なぜあの提案書は、一蹴されたのか。それは「顧客理解」がないまま、AIが出した結果をそのまま疑うことなく使ってしまったからだ。具体的なポイントは、次の3つだろう。
(2)現場の言葉や判断基準が反映されていなかった
(3)精度の高さそのものが、かえって不自然さを際立たせていた
それでは、一つひとつ解説していこう。
(1)現場への訪問回数が、単純に少なかった
まず第1のポイントは、この営業が、打ち合わせにわずか1度か2度しか足を運んでいなかったことだ。現場もほとんど見ていない。どんなに立派な提案書が完成されていようとも、そもそも汗をかいていない。そのような姿勢の会社に任せられるのか? と顧客が受け止めたのだ。このような情緒的な面が理解できないと、AI時代に仕事を任せられないだろうと私は考えている。


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