長く日本ハムをカバーする札幌のテレビ関係者は、そんな張本さんをこう振り返る。
「サンデーモーニングで見る張本さんと、名護キャンプで熱心に中田や大谷を指導していた張本さんとは全く別人。テレビではご意見番というキャラクターの設定上、ハッキリ白黒を付けた、厳しい意見を言わざるを得なかったのでしょう。
ファイターズのOBとして、自分で手本を見せながら、現場で大谷らを熱心に指導する姿には説得力があり、中田も大谷も笑顔で聞き入っていましたよ」
そこには、テレビで見せていた「ご意見番」とは別の、野球人・張本勲の姿があった。
大谷に対して苦言→称賛に変化
大谷が海を渡った後も、張本さんはその打撃を細かく分析し続けた。2021年には「下半身をもっと鍛えてもらいたい」と苦言を呈する一方、「自己管理と練習方法だね。これしかない」とエールを送った。25年には大谷の打撃を絶賛し、「我々が理想としたバッティング」とまで語っている。
厳しい言葉の根底にあったのは、選手への期待だけではない。野球界への深い愛情があったのだろう。
何より、歳を重ねても野球に対する情熱を失わなかった。現場に足を運び、選手の打撃を見て、バットを握り、自らの経験を伝える。80歳を超えてもなお、若い選手たちに真剣に向き合う姿に、選手たちも敬意を示していたという。
張本さんが残したのは、3085本の安打や7度の首位打者という数字だけではない。
野球を愛し、野球を語り、そして野球を次の世代へ伝え続けた。その情熱こそが、張本勲という野球人が最後まで失わなかった「勲章」だった。
(ライター・村上蓮)


※ログイン後、コメント入力が可能です。