決死の努力に、天性の才能が応えた。横浜翠嵐高校に合格。同じ時期、無事に生活保護の受給も決まった。
「これでしばらく、死ななくて済む」
高校合格の喜びと、生きていけるという安堵が、同時に訪れた。
介護に疲弊した母がうつ病を発症し“ヤングケアラー”に
しかし生活保護を受給できたからといって、家庭の問題がなくなるわけではなかった。
父親には次々と病気が見つかった。病気そのものの苦しさや、働けないことへの焦りもあったのかもしれない。感情的になることが増え、両親の関係は悪化し、顔を合わせるだけで喧嘩になるようになった。
父親の介護や家庭内トラブルに疲弊した母親は、うつ病を発症。それまで家事を担っていた母親が動けなくなると、清野さんが家事や介護、妹の世話をすべて担うようになった。このように家事や家族の世話を担う子どもは「ヤングケアラー」と呼ばれ、深刻な社会問題となっている。
家庭を離れ、高校で友人たちと過ごす時間だけが、彼にとって年相応の平穏な時間だった。しかし、その逃げ場も長くは続かなかった。2020年、「ステイホーム」の始まりである。
当然、塾に通うお金はない。ゆっくり勉強できる時間も環境もない。だから清野さんは、勉強の「やり方」そのものを研究した。コロナ禍を受けてネットに出回り始めた大量の教育情報に、心理学・脳科学の論文まで読み漁り、記憶や学習に関する方法を片っ端から試した。
アクティブリコール、ファインマン・テクニック、スペースド・リピティション……現在では効率的な学習法として広く知られている手法も、自分自身を実験台にしながら試していった。
それでも、限界は何度も訪れた。精神的な負荷から身体が硬直し、呼吸困難になることもあった。
家庭と受験の両方に追い詰められ、父親の前で「死にたい」と口にしたこともあった。父親は激昂し、清野さんの顔を机に叩きつけ、包丁を取り出して首元に押しつけた。清野さんは、「家族が大変なときに『死にたい』なんて、自分勝手なことを言ってごめんなさい」と頭を下げた。
そもそも清野さんが東大を目指したのは、稼いで家族を支えるためだった。
両親も、息子の東大受験を応援したかった。塾にも行かせてやりたかった。そのためには働かないといけない。でも働けない……清野さんの受験は、結果として家庭に経済的・精神的なプレッシャーを与えていた。
親に関して、清野さんはこう語る。
「育児放棄をするような親だったら、完全な『敵』として諦められたのかもしれません。でも、そうじゃないから、つらかったんですよね」


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