1930年には東京新聞の前身の一つである国民新聞が主催する「全国温泉十六佳選」で7位に選ばれる。温泉地として一定の知名度を獲得していたようだ。
しかし、1953年に片品川に薗原ダムの建設が決定したことにより、老神温泉の歴史は大きく変わる。ダムの建設により、老神温泉にあった5世帯の旅館は水没することになったのだ。
当時の建設省は補償として新たな源泉を10本掘削した。その源泉を使った温泉旅館が1960年代の後半から建築され、温泉街も拡張した。1960年代は高度経済成長期の真っ只中であり、会社の慰安旅行などの団体旅行が盛んになった時期だ。結果だけ見ると、ダム建設により温泉旅館が移転したことは温泉街にとって好影響だったようだ。
夕方に芸妓の靴音が響く温泉街
では老神温泉はどのように栄えていたのだろうか。
かつての温泉街を象徴する大型旅館「朝日ホテル」。その隣にある「金龍園」を訪れてみると、先代の女将を務めていた小尾るみ子さん(76)が当時の様子を教えてくれた。
「私がここに来たのは1975年。町にはストリップ劇場が2軒あってさ、芸妓も多くてね。温泉街全体で80人くらいいたのかな。夕方5時30分頃になると芸妓の草履の音が響いていたよ。それが1980年代の終わりまで続いたかな」


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