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4カ月前の動画が突如炎上…木梨憲武の「金色ベンツ踏みつけ」騒動で考える"令和の攻めた笑い"の難しさ

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木梨憲武(写真:Pasya/アフロ)
  • 鈴木 旭 ライター/お笑い研究家
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そんな中、到来したのが1980年代初頭の“漫才ブーム”だ。B&B、ツービート、ザ・ぼんちなど若手漫才コンビが、『THE MANZAI』(フジテレビ系)をはじめとする番組で活躍。特にビートたけしは、1981年元日からスタートした『ビートたけしのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)における毒舌とマシンガントークで若者から熱烈な支持を集めた。

同年、漫才ブームの主要メンバーを中心に始まった『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)も、楽屋話、下ネタ、スタッフいじりなど、テレビの裏側を存分にさらけ出してヒットする。日本経済がバブルへと向かっていく時代、テレビの笑いもまた、萩本欽一らが築いた親しみやすいバラエティーから刺激的な方向へと広がっていった。

寝起きドッキリの「早朝バズーカ」、総額100万円分の懸賞商品を獲得するまでアパートの一室に閉じ込められる「電波少年的懸賞生活」など、テレビが“どこまでやれるか”を競うように企画は次第に過激化していく。

しかし、2000年代に入ると、「コンプライアンス」という言葉が一気に広まり、呼応するようにネット掲示板の誹謗中傷が話題に上がるようになる。加えて、長期不況と2008年のリーマン・ショックにより、テレビ各局で予算を抑えた番組が目立ち始め、保守的な空気が漂うようになった。

アメリカで起きた黒人差別の炎上事件

2006年、アメリカではすでに「現場の一部始終が切り取られ、ネットによって世界中に拡散される」という事態が起きていた。

その現象を象徴するのが、ハリウッドのコメディクラブに立ったベテラン白人コメディアンのマイケル・リチャーズだ。2006年11月、ネタの中盤で黒人客から野次を飛ばされると、即興ネタに切り替えて黒人差別用語を連発。会場に不穏な空気が流れた。

クラブでは本来ビデオ撮影を禁じられているが、観客のひとりが一部始終を携帯電話のカメラに収めていた。これがネットを通じて世界中に拡散され、リチャーズは強い批判を受けることになる。謝罪声明を発表するも炎上は止まず、ついには翌年にスタンダップコメディーからの引退を表明した。

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