鈴木さんを思い出すとき、最初に浮かぶのは、笑顔です。
第一線を退いてからも、私たちは週に1度、東京・千代田区のホテルニューオータニにある鈴木さんの事務所で顔を合わせていました。毎回、自作の資料を持参して、時の経済情勢やグループの経営状況の分析などを報告していました。長年変わることのない鈴木さんと、「参謀」たる私の日常風景でした。
朝10時からの面談後、お昼は決まってセブン‐イレブンから取り寄せた商品の「試食」でした。現経営陣に何かをフィードバックするわけではないのですが、現役時代からの習慣のようなものです。現役時代と違うのは、その前にアルコールをたしなんだりしたことです。熱かんを2杯ほど酌み交わしたことがあったのですが、そのときの鈴木さんの笑顔が、なぜか強く印象に残っています。
引退後、鈴木さんは「俺たちは運がよかったよな」「みんながやってくれたんだよな」といった言葉を口にするようになりました。引退後の柔らかい表情を思い起こすのは、記憶が新しいからでしょうか。自分でも不思議な感覚です。
最後の面談は、亡くなる2週間前の5月6日でした。どんな会話を交わしたかは、あまり覚えていません。特別変わった様子もなく、普段どおりの鈴木さんだったからです。それが永遠の別れになるとは夢にも思いませんでした。
鈴木さんとの出会い 自ら手を挙げる者を信頼し、受け止める
私は1971年にイトーヨーカ堂に入社し、企画室予算部の配属となりました。
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