それに伴い、日常生活の中で「四季の変化」を体感することが少なくなりつつある。乾期と雨期とまでは言わないが、春や秋のような、ある種のモラトリアム的な季節を感じにくくなり、寒さ暑さのメリハリばかりが目立つようになった。
そうした現代社会において、せめてもの「秋を感じる要素」が、月見商品なのだ。
年中食べられるものが、季節に合わせると“粋”になる
消費と季節感は、密接に関係する。町中華に「冷やし中華始めました」の張り紙が掲げられれば夏を感じ、シチューのCMを見れば冬を感じる。そして秋は、月見を食べる。
言ってしまえば、どれも年がら年中食べられるものばかりだ。
しかし、季節に合わせることで、それは“風流”であり、“粋”になるのだ。涼しい風や虫の声だけでなく、いまや商品や広告も季節の合図になっている。
人は年中行事を繰り返し、季節ごとに決まった食を口にする。その繰り返しで、季節を確認するのだ。つまり、各社が月見商品を発売し、消費者がそれを購入するのは、「もう私たちは秋へと踏み出したんだ」という確認作業なのだ。


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