コントロールできない自然への、ささやかな抵抗
どれだけ残暑が厳しくなっても、いや厳しいからこそ、人間サイドが「秋の到来」を食べて確認する。それが、コントロールできない自然に対するささやかな抵抗なんだと考えると、単なる「企業の策略」とは言えなくなってくる。
もちろん、企業側には「季節感にあわせた限定商品は売れるから」といった打算が、多かれ少なかれあるだろう。ただ、それが受け入れられている現状を「資本主義に踊らされている」と断じるのはもったいない。
あらゆる食べ物に「月見」が付く背景には、日本人の中に「“秋らしさ”を確認したい」といった欲求があるから。そう考えると、各社が参入し、関連商品が乱立するのも、当然の流れなのではないかと感じる。


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