鋭い指摘である。「いや、さすがに私はそこまでは」と落ち度を否定したくもなるが、私たちは多少なりとも、無意識のうちにこういうことをしてしまっているのかもしれない。
自分が受けた批判を受け止め、じっくり検討し、面倒なやりとりからなにかを得ようとするのには手間がかかる。ストレスを感じてしまうことにもなるだろう。そういう意味でも、相手を非難して自分を正当化するほうがずっと簡単だ。
しかし、交渉の場で相手を非難したところでなにも解決しない。それどころか、相手との関係に亀裂が生じる恐れもある。
「誰のせいか?」にこだわると学べない
だいいち、非難という観点で過去を振り返ると、失敗は「だれのせいか」ということに関心が集中してしまう。しかも、そんな観点から「起きた失敗からどんな学びを得られるか」についての答えを引き出すことは不可能だ。
失敗から学びを得られないもうひとつの理由として著者は、“自分のイメージと評価を守るために(多くの場合は潜在意識で)すがりついているさまざまな心理的バイアス”を挙げている。
私たちには「自己保存」という本能的欲求があり、自覚するかしないかにかかわらず、そのためならどんな苦労も惜しまない。したがって数多くのバイアスが働き、それらが自らの失敗に立ち向かわせないようにするというのだ。
そのことをイメージできるように、本書では「バイアスが働くイメージをつかめるような例」が紹介されている。
失敗に立ち向かおうとするとき、最初に対処しなければならないのは“利己的バイアス”だ。エリザベス・クルースマークらによって「自尊心を維持強化する必要性、または過度に都合よく自分を解釈する傾向によってゆがめられる認識もしくは知覚作用」と定義されている。


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