利根川の上流、群馬県みなかみ町。谷川岳を背に、清流沿いに温泉街が連なるこの場所は、かつて新婚旅行や団体旅行の聖地として「関東の奥座敷」と呼ばれた。
しかし駅から歩いてほどなく、その面影とは異なる光景に出くわす。かつて客室120室・収容人員650名を誇り、延床約1万8000m²(約5400坪)という水上温泉でも屈指の規模を誇っていた旧一葉亭。その跡地は高いフェンスに囲まれ、中に入ることはできない。フェンス越しに見えるのは、むき出しのコンクリートの柱と梁が立ち並ぶ、古代の神殿を思わせるような輪郭だ。深い緑の山肌を背にしたそのどこか神秘的なたたずまいが、通りすがりの人の目を引きつける。
かつてにぎわいの象徴だったこの場所は、なぜこれほど巨大な「空白」を抱えることになったのか。その答えを探るため、まずはこの街の70年を振り返ってみたい。
「関東の奥座敷」と呼ばれた新婚・団体旅行の聖地
水上温泉の歴史は、もともと「湯原の湯」という小さな温泉から始まる。かつてこの地区には2〜3軒の旅館が軒を連ねるだけの、小ぢんまりとした湯治場だった。
転機が訪れたのは1928年(昭和3年)のことだ。上越線が水上駅まで延伸されると、東京方面からの浴客が一気に増え始めた。さらに1931年(昭和6年)に当時「東洋一」とうたわれた清水トンネル(9702m)を通って上越線が全面開通すると、群馬と新潟を結ぶ交通の要衝としての地位が確立し、旅館が次々と建てられていった。いつしか「湯原の湯」は、利根川の水源に近い土地を意味する「水上温泉」と呼ばれるようになり、草津温泉、伊香保温泉と肩を並べる県内有数の温泉地へと成長した。


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