屋根も内装もそぎ落とされた躯体の向こうに、深い緑の山肌が迫る。
まるで古代の神殿の遺構のような静けさをたたえたこの光景。どのような経緯でここに至ったのかは後編で詳しく紹介したい。
何十年も動かせなかった廃墟が、ついに動いた。静かに進んでいたその歩みが、誰の目にも見える形になった瞬間だった。
水上温泉街の“いま”
この街の時計は、旧一葉亭だけでなく、あちこちで少しずつ動き始めている。
かつて書店だった建物がおしゃれなカフェに生まれ変わるなど、新しい担い手による小さなリノベーションも、街のあちこちで進んでいる。
こうした小さな変化は、それぞれ独立して起きているわけではない。その背景にあるのは、みなかみ町・群馬銀行・オープンハウスグループ・東京大学大学院工学系研究科が2021年に手を組んで立ち上げた「水上温泉街再生プロジェクト」という、産官学金による大きな枠組みだ。オープンハウスグループはみなかみ町でスキー場運営や別荘開発なども手がけており、一過性の関わりではなく、腰を据えた取り組みであることがうかがえる。
旧一葉亭はその中でも象徴的な事例だが、対象は一つの建物にとどまらない。かつてその従業員寮だった「旧ひがき寮」も、地域の住民や学生の手で整備され、社会実験の会場として生まれ変わった。東京大学都市デザイン研究室はJR水上駅から道の駅までの利根川沿いに広がる複数の広場を再生する構想も描いており、旧一葉亭はその中心に位置づけられている。
廃墟と現役の旅館、そして生まれ変わりつつある空き店舗が同時に存在するのが、水上温泉街の“いま”だ。
なぜ「壊す」のでも「そのまま放置する」のでもなく、前例のない方法で再生することを選んだのか。その決断は、後編で詳しく紹介したい。


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