青海南ふ頭公園地下駐車場は97年に利用が始まった駐車場だ。これもまた、本来開催されるはずだった都市博に翻弄された場所である。都市博やその後の都市開発計画を見込んで作られた7839㎡の広大な駐車場は、97年に利用開始、2年後の99年には休止となってしまった。東京都議会の会議録によると、利用数は2年間で8421台だったそうだ。
『港湾局都民の声窓口に寄せられた都民の声(平成29年6月分)』によると、「利用状況や維持管理の面等を勘案し、現在閉鎖しております」とのこと。開放するにも撤去するにも費用対効果が合わないため、最低限の維持費で閉鎖せざるを得ないのだろう。
需要のない建築物が「どうすることもできないお荷物」になってしまう状況は、青海橋とリンクする部分が多い。この駐車場も老朽化リスクが無視できなくなったとき、取り壊しが決定するのかもしれない。
なお、青海南ふ頭公園地下駐車場は青海橋とは異なり、過去にはイベントで貸し出されたり、20年東京オリンピック大会で臨時的に利用されたりといった実績がある。今後もお台場でオリンピックのような大きなイベントがあれば、日の目を見る機会があるのかもしれない。
「都市博」が落とした影と、新時代
今回、前編・後編で紹介した3つの「廃墟」的施設は、いずれも臨海副都心開発が大きく揺れ動いた90年代に運命を左右されていた。
都市博およびその後のお台場開発がすべて計画通りに進んでいたら、3つの施設が今も稼働し、お台場はまったく違う景色を見せてくれていたのかもしれない。
しかし、都市博中止によって青海に広大な空き地が生まれたことも影響する形で、再開発で99年にパレットタウンが誕生し、22年の閉業まで一時代を築いた。そして、そのパレットタウンの一部が「トヨタアリーナ東京」に生まれ変わった現在は、「新たな時代」が始まるタイミングとも言える。


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