それに患者家族は開業医に対する気安さからか、どんなことでも質問してくる。それが難しくて答えられない。
たとえば、「うちの子、生後7カ月なんですが、離乳食を一切食べなくて困っているんです。どうすればいいですか?」。
こんな質問もあった。「これから保育園に預けるんですけど、うちの子、母乳しか飲まないんです。どうしても、何をやっても哺乳瓶がダメなんです」。
う。答えに詰まる。大学病院にいたときは、そんな質問はされたことがなかった。
医学書にも答えは書かれていない。答えられないときは、頭を下げて宿題にさせてもらった。
大学病院って医者がわちゃわちゃいるので、3人寄れば何とやらで、何か必ず解決策が出てくる。ああ、やっぱり寄らば大樹の陰か……1人はつらいと思った。
1人がつらいというのは、医療面だけではない。患者が途切れてヒマなときに、世間話をする相手がいない。ぼくはお喋りなので、話し相手がいないと実に寂しい。
大学病院での世間話の中には医療に関するちょっとしたコツのような耳学問の部分がある。だから、誰とも話さないというのは、そういう知識の底上げという面でも大学病院時代と違っていた。
「ぼくを頼って患者が遠方から来る」世界ではなくなった
患者家族は、とても気軽にクリニックを受診することにも驚いた(今は、これこそが重要と思っているので、誤解なく!)。
千葉大病院にいたときは、ぼくを頼ってがんの子どもの家族が茨城県や栃木県からもやってきた。つまり、必死の思いで助けを求めてやってきた。しかし、地域の医療というのはそういう世界ではなかった。


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