さらに不安を感じたのは、40歳を過ぎたあたりから、努力しても評価されないことがあからさまに増えてきたことである。要するに、トシをとったのだ。気力も体力も能力も確実に衰えてきている。そしてこれからもっと衰えていくに違いないのである。
ってことはですよ。
このままの調子で上を目指して生きていこうとすれば、私はどんどん動かなくなる我が脳味噌と肉体を呪いながら、どこまでもキツくなる試練の中を、負けて負けて傷つきながら、それでも「まだまだ!」「もう一丁!」と、勝ち目のない努力を永遠に続けることになるんじゃ……?
で、そうまでして頑張ったとて、その先に一体何があるのか……?
恐ろしいことに、懸命に目を凝らしても、幸せそうなイメージはまったく浮かんでこなかった。見えてきたのは、ただただ疲れ、傷つき、いじけた自分。つまりはどう考えても、その先には「何にもなさそう」なのであった。
「買うこと」を諦めた私を待っていた現実
ってことで、私はもう本当に一大決心をしてそこから降りることに決めたのだ。競争も努力ももうおしまい! そんな人生があったっていいはずと自分に言い聞かせ、勇気を振り絞ってエイヤーと会社を辞めたのであります。
ところが。となると当然ながら、多くのことを諦めなければならなくなった。その多くのこととは、つまるところ「買うこと」であった。何しろ会社を辞めるということは、給料がもらえなくなるということだ。これまで嬉々として買ってきたものを同じように買うことなどどう考えてもできやしないのである。すなわち私は「幸せ」になることを諦めねばならなかったのである。
ああなんということだろう。幸せになるために会社を辞めたはずなのに、その結果、幸せを諦めねばならなくなるなんて!
でも考えてみれば、それも当然といえば当然であろう。生きることは簡単じゃない。キツい会社勤めから逃げ出したらたちまちハッピーライフなんて、そんなオイシイ話があるんだったら誰だって辞めるよねそりゃ。でも現実には、転職はしたとて会社勤めそのものを辞める人はそんなに多くない。それは、こういうワケなのだ。何かを得れば何かを失うのが人生なのである。私は多くの人が懸命に耐えているキツイ競争から一抜けした代償として、それまで最も大切にしてきたこと、すなわち「買うこと」を諦めねばならなくなったのである。


※ログイン後、コメント入力が可能です。