この統治が成り立っていたのは、長年にわたりグループ内の政策保有株(持ち合い株)が安定株主として機能していたからだ。しかしトヨタは、23年以降、デンソー株の一部を売却するなど、政策保有株の縮減を進めている。
とはいえ、トヨタは「君臨すれども統治せず」ならぬ「君臨しながら統治する」体制を維持するため、専門経営者をリリーフとして起用してきた。26年4月には、その系譜に連なる形で、財務畑出身で創業家出身ではない近健太氏が社長に就任している。
コマツは、トヨタとは異なる。創業期を除けば、専門経営者が経営を担うのが常態となっている企業である。
もっとも、専門経営者だからといって、その存在感が創業家出身者に劣るわけではない。奥田氏や坂根氏は、巨大企業を立て直したうえ、財界でも大きな影響力を発揮し、政府にまでもの申す存在となった。その意味で、2人は専門経営者という枠を超えた重みを持つ経営者だった。
従来型雇用が生んだ希有な経営人材
では、どうすれば奥田氏や坂根氏のような卓越した専門経営者が育つのだろうか。はたして、定型的な専門経営者育成法はあるのだろうか。
近年、職務内容を細かく区切り、専門性を重視する「ジョブ型雇用」が礼賛されているが、これを早期から全面的に適用すれば、専門領域の殻に閉じこもり、企業全体を俯瞰できる「ゼネラリスト」が育ちにくくなる。
かつての日本企業は、「ジョブローテーション」「転勤」「子会社トップとしての経営経験」を組み合わせ、総合力を持つ経営人材を計画的に育ててきた。この仕組みは、将来の経営者候補を、あえて勝手の利かない修羅場に投げ込み、そこでの経験を経て、総合知・総合実践力を鍛える実質的な経営者育成コースだったといえる。奥田氏のマニラ赴任、坂根氏の海外でのたび重なる異動は、まさにその実例である。
奥田氏は1932年12月29日、三重県津市に生まれた。祖父が創業した証券会社は三重県内最大手に数えられ、幼少期の奥田家は裕福だった。だが、その暮らしは長く続かない。
太平洋戦争末期の空襲で実家は全焼し、一家は疎開して全財産を失う。家業の証券会社も債務超過に陥って破綻し、7人兄弟9人家族で狭い借家に身を寄せることになった。裕福な家庭に生まれながら、少年時代に一度どん底を経験した。


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