展示企画は、フィリピン大学助教授で日本研究者のカール・イアン・ウイ・チェンチュア(46)がアヤラ・ミュージアムに持ち込み、東芝国際交流財団の助成を得て開催された。
チェンチュアは、フィリピンにおいて戦時中の日本人像やアメリカ軍の役割が多くの人にステレオタイプに捉えられているものの、歴史はもっと複雑で、より長期スパンで見る必要があると常々感じてきた。日比関係を考察するうえで『虜人日記』は貴重な手がかりになると考え、ウェブ上で「虜人日記博物館」を開設している、小松の孫で教育コンサルタントの小松志行(50)と連絡をとってきた。
今回の展覧会の開会に合わせて志行は初めて訪比した。展示が現地でどういうふうに受け止められるか、重い気持ちを抱えて開会のあいさつに登壇したという。普段はフレンドリーな人々も歴史の話になると豹変するのではないか、と。
『虜人日記』には「比人が日本軍を嫌うわけ」というくだりがある。
ところが予想に反して、志行はミュージアムのスタッフや来場者から心からの歓迎を受けた。マニラ市街戦で日本軍が立てこもったイントラムロスでは、スペイン植民地時代に築かれた城塞を案内してもらった。祖父がかつて滞在したと日記に記したホテルでは食事をご馳走になるなど、日本でも経験したことがないほどの温かいもてなしを受けた。
いまではまがうことなき親日国に
展覧会は、日本とフィリピンの国交正常化70周年を記念して催された。
アジア太平洋戦争に巻き込まれた4年足らずの間に当時の国民の15人に1人にあたる111万人を失ったフィリピンは、戦後20~30年間はアジアで最も反日感情の強い国だった。日本軍が41年12月に一方的に進軍したことで平和だった島々が戦争に巻き込まれ、死ななくてよかった多くの親族や友人、知人を失ったからだ。
56年に日比の国交が回復し、官民の交流が徐々に広がったことや、近年ともに中国の威圧にさらされていることなどからフィリピン国民一般の対日感情は劇的に好転した。
日本外務省が23年末、東南アジア9カ国で実施した対日世論調査では「あなたの国の友邦として、今日の日本は信頼できると思いますか」との問いにフィリピンでは「とても信頼できる」が9カ国中最高の69%だった。「どちらかといえば信頼できる」の29%を合わせると、98%が信頼を寄せていた。フィリピンやアメリカの複数の民間調査機関の調査でも同様に日本を好意的にみる結果が出ている。
日本の終戦記念日の8月15日、展覧会最終日を翌日に控えたアヤラ・ミュージアムでは、フィリピン大学名誉教授で日本研究の泰斗リカルド・ホセが「フィリピンにおける第2次世界大戦を描く視覚芸術」と題して講演を行った。有料にもかかわらず約200人が定員の会場はほぼ満席となった。日本占領下のフィリピンの雑誌、アメリカのプロパガンダポスター、そして真一の絵日記を取り上げ、戦時中の3カ国の絵画表現の狙いや違いを縦横に語った。


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