人質としての出頭が求められたが、ガラシャはこれを拒んだという。敵方に下るくらいならば、自決すべし。それほどの覚悟だったが、キリスト教の教えでは自死そのものが禁じられている。そこで彼女が選んだのは、家臣・小笠原少斎の手を借りて絶命するという道だった。
少斎はその後、屋敷に火を放ち、ガラシャの遺体とともに屋敷を燃やしたうえで、自害したと伝わる。享年38。死に際してガラシャが詠んだとされる辞世の句が、今に伝わっている。
「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
散るべき時を知っているからこそ、花も人も美しいのだ――。この一件で、三成の目算は崩れ、以後、大名の妻子を人質にとる作戦そのものが立ち行かなくなったといわれている。
母と同じ道をたどる茶々
そして、市が残した茶々・初・江の3姉妹のうち、茶々は30歳以上年上の秀吉の側室となり、豊臣家の後継者・秀頼を産み、いずれは大坂城の炎の中でその生涯を閉じることとなる。
城が燃える中で夫に殉じた市、婚約者を失いながらも一族の菩提を弔い続けた松姫、信仰を貫くために家臣に手を借りたガラシャ、そして母と同じ炎の中に消えていった茶々。
いずれも、自分の意思とは関係のないところで人生の行き先が決められた悲運に満ちた生涯だった。だが、それでも人生の大きな節目で、最後の選択を自らの意思で下した点も共通している。
彼女たちの生涯をたどると、戦国という時代が、政略の道具として女性たちにいかに過酷な選択を強いてきたか、その一端が見えてくる。
【参考文献】
太田牛一著、中川太古訳『現代語訳 信長公記』(新人物文庫)
谷口克広著『織田信長家臣人名辞典』(吉川弘文館)
黒田基樹著『お市の方の生涯 「天下一の美人」と娘たちの知られざる政治権力の実像』(朝日新書)
福田千鶴著『淀殿 われ太閤の妻となりて』(ミネルヴァ書房)
田端泰子著『細川ガラシャ 散りぬべき時知りてこそ』 (ミネルヴァ書房)
真山知幸著『泣ける日本史』(文響社)



※ログイン後、コメント入力が可能です。