私は「グローバリゼーション3.5で浮かび上がる新たな思想を「地球倫理(planetary ethics)」と呼び、これまでの著書の中で論じてきた(『創造的福祉社会』(2011年)、『日本の未来像』(2026年)等)。
ここで詳述する余裕はないが、それは最もシンプルには〈地球環境の「有限性」を認識し、地球上の各地域の風土や文化の「多様性」を理解しつつ、個人を超えてコミュニティ、自然、生命とつながる〉と要約できるような理念である。
このような考えを「地球倫理」と呼ぶかどうかは別にしても、ちょうどグローバリゼーション2.5の時と同様に、人間やモノの外面的な拡散ではなく、そうした新たな思想や観念・世界観が拡散ないし普及(=グローバル化)していくのがこれからの時代であることは間違いない。それがグローバリゼーション3.5の中身をなすのである。
分水嶺の時代
しかも、思えばこれは次のような意味で、実は“究極のグローバリゼーション”の実現とも言えるのではないか。
すなわち本稿の初めのほうで、「グローバリゼーション」の「グローブ(globe)」とは“球”の意味であり、実質的には地球を指していることを確認した。そして上記の「地球倫理」を含めて、「グローバリゼーション3.5」は地球そのものを一つの有限なシステムとして理解する世界観である。
それは根本的なレベルで「globe=地球」を正面から見据えるという意味で、人類史における、20万年に及ぶ「グローバリゼーション(地球化)」の長い旅路の“到達点”、あるいはその歩みの“完成形”とも言える。
私たちが生きているのは、そうした極めて根底的(ラディカル)でチャレンジングな分水嶺の時代なのだ。


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