会社に行くために電車に乗る。バスに乗る。あるいは自家用車に乗る。いずれにしても、何らかの乗り物に乗ることが多い。そして、その乗り物は会社に直通なわけではない。他のところにも行ける。というか、ちゃんと会社の近くで降りないと、自然と別のところに連れて行かれてしまう。これはそうとうな誘惑ではないだろうか?
会社に行きたくない人もいるだろう。そうでなくても、「同じ毎日のくり返しでいいのか?」という人生の迷いがふと生じる瞬間というのはあるものだ。それでも、ほとんどの人は、誘惑を感じながらも、そのまま会社に行く。いつもの行動パターンを変えるというのは抵抗があって難しいものだ。
山田太一脚本のテレビドラマ『丘の上の向日葵』(1993年)の第1回の冒頭にこんなシーンがある。通勤の満員電車に乗っている主人公の中年男性が、不意に「会社へ行くのやめて、温泉でも行くかなあ」と声をもらす。すると周囲の他の会社員たちも「ほんとね」「いいなあ」などと賛同の声をあげる。主人公はさらに「いいでしょう。急に、そういうことしちまうなんていいじゃないですか。一生の思い出になりますよ。大体、そういうことのない一生なんて、一体なんですか?」と言う。「行きましょう」「行きます」「行くか」と他の人たちも手をあげる。みんな、解放感で笑顔になっている。主人公も「いいなあ。私も、こんなことはじめてだけど、いい出してみるもんだなあ」と笑う。
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