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政治・経済・投資 #小幡績教授のアフターエコノミクス

下心から資本主義の行き着く先をユートピアにすりかえたケインズに代わって、バブルしかないディストピアを描いてみる

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ケインズは筆者と同じく、デイトレーダーとして投機の本質を理解していた(写真:Tim Gidal/Getty Images)
  • 小幡 績 慶応義塾大学大学院教授
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INDEX

清滝理論、ケインズ理論、小幡(居酒屋)体系の違いを論点ごとに整理し、比較し、論争に決着をつけたいところだが、それは、居酒屋レベルでも丁寧な議論が必要である。ここでは、正確性を犠牲にし、かつ異論・反論を承知の上で、最小限の整理を行い、先に進み、小幡体系の主張(あわよくば全体像)を提示することを目指したい。

まずは、ケインズ理論について議論する。現時点で、清滝理論を整理することは、準備不足であり、そもそも私の能力を超えているところもあるし、そして、何より、清滝理論は現在進行形で、進化、拡大、発展を続けている。こちらは、次回、改めて議論したい(しかも、そのときも極めて不完全な部分的コメントになることをご容赦願いたい)。

ケインジアンの教科書は間違っている

ケインズが批判した古典派経済学(今でいう新古典派)は、実体経済と金融市場を分離して考えていた。ケインズ的な言い方では、需要の総額が決まった世界においての、資源配分の分析を新古典派は行っており、その範囲では絶対的に正しいが、現実経済は需要の総額の変動が一番の問題であり、これが動く以上、需要が固定された世界の議論とは、違う理論が必要である。

なぜ、新古典派が需要は一定と考え、ケインズはそうではない、と言うか。その分かれ目は、貯蓄がどこへ行くか、という点である。

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