女優業を休み、うつ病が完治しないまま介護を続けた小山さん。先の見えない日々を支えたのは、大島さんの存在でした。
「彼は弱音を一切吐かない人でした。不自由な体を受け入れて黙々とリハビリを続け、看護師さんにも私にもいつも『ありがとう』と言ってくれた。それは見事でした」
99年には奇跡ともいえる回復で映画『御法度』を完成させ、周囲を驚かせた大島さん。ところが2002年、今度は十二指腸潰瘍穿孔(せんこう)で緊急手術を受け、長期入院。退院後は寝たきりに近い状態になりました。
「大島が入院中から看護師さんが体を拭いたり、おむつを替えたりする様子を観察し、退院後はヘルパーさんの力も借りて自宅で介護しました。新約聖書に『神は乗り越えられない試練は与えない』という言葉があります。だから『きっと私はやれる』と解釈して、苦しいとは思いませんでした。
退院した翌年の夏、車いすに乗ってテーブルについた大島に『暑いからおビールでも飲みますか』と聞いたら、『当然』と答えたんです。大島らしい一言に“生きる”という意思を感じて、本当にうれしかったですね」
小山さんは17年間に及ぶ介護の末、大島さんを看取りました。
「やりきったと思いました。あの人が生きようとする限り、私は支える。それだけでした」
80代にたくさん病気をしましたが、私は負けていない
夫を看取った小山さんを待っていたのは、自身の病との闘いでした。82歳で左右の乳房にがんが見つかり、切除手術を受けました。「右の乳がんはスキルス性で進行が早く手術が必要でした。左の方は進行がゆっくりでしたが、どうせならと両方切除することにしたんです」ときっぱり語ります。

