まずは、映画「ホノカアボーイ」にも出てきたクアベイへ。大人気のパブリック・ビーチで次々車が押し寄せている。パーキングに10ドルかかるのが、入り口のお兄さんにキャッシュしかないといったらじゃあいいよとそのまま通してくれた。
日本人はいない。中年のおじさんもいない。というよりも、一人客などそもそもいない。もしやゲートのお兄さんは一人でかわいそうだから徴収しなかったのかと勘繰りたくなる。ビーチそのものはずっと眺めていたいほど美しいのだが、いかんせん身の置き場がなく、すぐに退散する羽目となった。
ワイピオ渓谷へ
気を取り直して、ワイピオ渓谷へ。
かつてカメハメハ大王が幼少時を過ごし、19世紀まで最大数千人がこの渓谷の谷間に暮らしていた。
その当時のハワイの農業の中心はタロイモだった。湧水が得られる土地はタロイモの栽培に適しており、利用価値が高かったわけだ。
だが、さとうきびのプランテーションの普及にともない、土地の利用を含めてハワイの社会が大きく変動していく。タロイモといえばワイキキも元はタロイモ畑だった。タロイモについては池澤夏樹の『ハワイイ紀行』が詳しい。
ワイピオ渓谷の後、日本人移民の町ホノカアの町を通る。ホノカアの名が広く知られるようになったのは映画「ホノカアボーイ」によってだろう。主人公の岡田将生が働いていた映画館「ホノカアピープルズシアター」は閉まっていたが、保存状態は良好だ。この映画で松坂慶子が売っているマラサダが美味そうなのだ。
このシアターの近くは日系人が建てた古い建物が多く、歩いて楽しい町である。映画を観ていなくてもぜひ訪れることをおすすめしたい。
ホノカアでは、たまたまグーグルマップで見つけたホノカア本願寺を訪ねてみた。本堂は閉まっているが隣の集会所で僧侶やボランティアの人がなにやら働いているので聞いてみると、フードバンクの準備だという。毎週金曜、かなり大規模に行っているようだ。日本人移民が構築した組織が現代も機能しているのだ。
ホノカアに行ってマラサダ気分になったので有名店でマラサダをいただく。マラサダはポルトガルの菓子である。19世紀後半、ハワイ島北部でさとうきびのプランテーションが卓越するなか、ポルトガル移民がマラサダをもたらした。その影響がいまも残っている。
太平洋を隔てた日本はともかく、ポルトガルはハワイから非常に遠い。それだけに意外性があり面白いともいえる。


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