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「現地スタッフの哀れみ」「想定外の車種」…50代男が往復6.2万でハワイへ、東南アジアより安いと選んだ先の"圧倒的アウェイ感"

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ムスタングのコンバーチブル
「高い」と思われがちなハワイを、50代男性が一人で激安で巡ってきた(写真:筆者撮影)
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ランチは内陸部のワイメアにあるMerriman'sで。ここはハワイ島の地産地消のはしりと言われる有名店だがタロイモのチップスのディップとスマッシュバーガーの2品でチップ込み39ドル。レンタカー一人旅だから酒代もかからない。

ハワイ島の地産地消のはしりと言われるMerriman'sでランチ。有名店だが39ドルと良心的だった(写真:筆者撮影)

食後は、「キャンプ・タラワ・メモリアル」の碑へ。ここもグーグルマップで発見した。

ハワイ島で見た戦争の痕跡

1943年から1945年にかけて、第2海兵師団および第5海兵師団がこの地に駐留した。タラワの戦いの後に駐留したからこの名がついたようだ。

ガダルカナルの戦いでマラリアを患った兵士の療養や、硫黄島などの苛烈な戦闘に向けた過酷な山岳・島嶼訓練が行われたとのこと。なお、第5海兵師団は硫黄島の摺鉢山を占拠した舞台である。戦場にはならなかったハワイ島でも戦争の痕跡は見つかる。

キャンプ・タラワ・メモリアル。メモリアルの石は硫黄島の摺鉢山を模したものとのことは、後で調べて知った(写真:筆者撮影)
全米でも屈指の広さの個人農場、パーカーランチの入り口(写真:筆者撮影)

キャンプ・タラワは、パーカーランチと呼ばれる大農場の敷地にあった。パーカーランチは約1000平方キロメートルと全米でも屈指の広さの個人農場である。

初代のジョン・パーマー・パーカーは1809年のときに船員としてマサチューセッツ州からやってきた。最初は牛の管理を任されていたが、1817年にカメハメハ大王1世の孫娘と結婚し、大王からマウナケア山麓の土地を与えられた。

目の前にあるのはただのゲートだが、掘り下げていくと興味深い歴史が広がっている。こうしたアプローチをとれば、ハワイも中年男一人旅で十分楽しい。

まだ、肝心要のマウナケアへもキラウェア火山にも訪れていない。コナコーヒーも飲んでいない。そのあたりについては後編で紹介していきたい。

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