もちろん熊本県内でも医師の偏在はあるが、それでも医療体制は整っているほうだ。例えば、人口10万人あたりの医師数は宇城2次医療圏が167.4人と少ないものの、八代2次医療圏は247.6人と全国平均(267.4人)をわずかに下回るレベルだ。東日本大震災当時の相双地域(120.4人)とは比較にならない。
なぜ熊本、さらに八代に医師が多いのか。そこには歴史的な背景がある。地域医療体制を考える際、その地域の歴史を考えねばならない。
明治政府は1871年、相次ぐ士族反乱に備える九州の軍事拠点として、熊本に鎮西鎮台を置き、のちに熊本鎮台、陸軍第6師団へと改編した。軍都として発展した熊本では、感染症対策や負傷兵の治療を担う医学も重視された。藩校の医学寮「再春館」の流れをくむ医学校は1929年に官立熊本医科大学となり、戦後の熊本大学医学部へ発展した。
今回の震災では、熊本大学病院や国立病院機構熊本医療センターが多くの患者を受け入れた。八代市にはJCHO熊本総合病院、熊本労災病院がある。
熊本の特徴は国公立病院が多いことだろう。その多くは戦前の陸海軍病院だ。戦後、陸海軍の消滅に伴い、厚生省(当時)に移管された。国立病院機構熊本医療センターの前身は熊本第一陸軍病院で、かつて熊本が「軍都」だった歴史の遺産といえる。筆者は、熊本が培ってきた地域力が、その解決に大きく貢献すると考えている。
水不足で透析困難になるおそれ
では、今後の医療での課題は何か。
震災に特有の問題もあり、その多くは医療機関の逼迫によって生じる。代表的なのが、透析医療の継続だ。
透析には大量の水が必要なため、断水が長引けば治療の継続が困難になる。2016年の熊本地震では、福島県いわき市の常磐病院は熊本市の上村循環器科医院などに医師や看護師を派遣した。東日本大震災で全国から受けた支援への恩返しとして、透析医療の継続を支えたのである。


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