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私は子どもの頃から、クワガタやカブトムシを採るのが大好きだった。どの木にいるか。何時頃なら見つかりやすいか。天候や樹液の状態によって、採れる場所はどう変わるか。経験を重ねるうちに、そうしたことを自然に覚えていった。見方によっては、立派な探究学習である。
しかし私は、それを模造紙にまとめて学校で発表したいとは思わなかった。ただ、採ることが楽しかったのである。
「この中から選びなさい」は自由ではない
学校は、子どもが何かに夢中になると、すぐに「調べる」「まとめる」「発表する」という形へ変えたがる。
しかし、好きなことと、人に見せたいことは同じではない。没頭したい子もいれば、記録したい子もいる。発表して感想をもらいたい子もいれば、誰にも見せずに楽しみたい子もいる。好きなことを、必ず成果物へ変える必要はない。それが本来の自由ではないだろうか。
夏休みの自由研究には、根本的な矛盾がある。「工作、観察、実験、料理などから、好きなものを1つ選びましょう」――テーマは自由でも、全員が何かを完成させ、提出しなければならない学校がある。これは自由とは言いがたい。

