しかし、会社組織である以上、「どこでも仕事ができる」からといって「どこに住んでもいい」わけではない。社会保険や住民税の手続き、通勤交通費の規定、万が一の際の労災適用など、会社として把握・管理すべきバックオフィス業務は山のようにある。
結局、会社から指摘を受けた彼は、慌てて東京に戻ってきた。高知名物の「戻り鰹」のごとく、彼自身も一回り成長して脂が乗って帰ってきていればよいのだが、現状、労務管理の手間をいたずらに増やしただけである。
「パソコンさえあれば仕事は回るから、会社には言わなくてもいいと思った」
そんな本音が透けて見えるこの事態に、私は強い危機感を覚えた。リモートワークによって個人の利便性は最大化されたが、その反面、会社と社員のつながりが希薄になってきてはいないか? 「単なるタスクの受発注関係」にまで遠のいてしまっている気がして、人事として得体(えたい)の知れない虚(むな)しさや、やるせなさを感じてしまうのだ。
AI時代で奪われる若手の「場数」と「現場の機微」
そして、私が人事として最も危惧しているのは、リモート環境下における「若手の育成」である。
今どきの若手社員は総じて優秀だ。生成AIを駆使し、あっという間に見栄えの良い企画書や資料を作り上げてくる。作業効率は、自分たちの若い頃とは比べ物にならないほど良い。
だが、いざ中身について深掘りして議論しようとすると、驚くほど内容が薄いこともしばしばある。ネットで得た情報やAIが集めた一般論のツギハギであることが多く、自社のリアルな状況や、顧客の生々しい感情に根差していないのだ。
昭和的な発想だと笑われるかもしれないが、仕事における真の判断力や交渉力は、生身の人間同士がぶつかり合う「場数」でしか養われないと私は考えている。

