「自分の旨味を出すのに15年くらいかかったかな。今も通過点だと思ってるので、微調整はしています」
35品種を栽培、目指すは"シチリア"
八木下農園では試作を含めて約35種類の柑橘を育てている。敏雄さんが就農した頃の主力は温州みかんだ。時期も品種も一極集中していたが、少しずつ品種を増やし、収穫の時期を分散することで、家族3人で営む農園の生産性を上げてきた。
ただし、品種の切り替えには、収穫量が不安定になるリスクも伴う。そこで、苗木は専用の場所であらかじめ育てておき、ある程度大きくなった段階で畑に植え替えるそうだ。小さな苗から始めるよりも実りが早く、収益の落ち込みを最小限に抑えられるからだ。
加えて、多品種栽培を支えるのが、畑の立地だ。八木下農園の畑は、相模湾を見渡す斜面にある。昭和30年代に先々代が開墾する際、土の中から出てきた石で石垣をつくり、テラス状の段々畑にした。そうすることで、水はけがよく、日当たりに恵まれた。
みかん栽培に適した気温は年平均15〜18℃とされるが、当時の小田原の気温はそこまで高くなかったそうだ。記録が残っている昭和50年代後半(1980年代前半)の年平均気温は14℃台だ。八木下農園がある江之浦は、小田原の観測地点より年平均1℃ほど高い傾向があるため、15℃台程度だったと見られる。温度が足りない分は、日当たりのよさと、海からの照り返しの光と、日中温まった石垣からの放熱で補ってきた。
近年は温暖化が進み、2025年の小田原の年平均気温は17℃。かつては難しかった、高い温度を必要とするブラッドオレンジやベルガモットも栽培できるようになった。たまみ、はるみ、不知火、レモン、湘南ゴールド、小夏など、収穫時期の異なる品種を組み合わせ、一年を通して出荷できる体制を整えている。
「ここをシチリアみたいにしたいですね」
敏雄さんは笑う。
唯一、柑橘が途切れる夏は、ブルーベリーが埋める。八木下農園のブルーベリーは大粒で、硬貨と並べると500円玉が小さく見えるほどだ。

