榎木英介さんは1971年、神奈川県横浜市に生まれました。父親はメーカー勤務のサラリーマン、母親は専業主婦という家庭。公立小学校の1年生の時に2回転校し、3つの学校を経験したこともあってか、引っ込み思案で友達がなかなかできない子どもでした。
学力はそこそこあり、小学6年生で近所にできた塾に入ったところ学年トップになりましたが、いじめに遭い1学期でやめることになります。
公立中学校では1クラス40人以上、10クラス400〜500人という団塊ジュニア世代の大規模な環境で過ごしました。中1の成績は、5段階で3がつくこともある中の上~上の下程度。塾でのいじめを経験していたため「塾は怖くて行けない」という気持ちがあり、進研ゼミの独学で勉強を続けました。
その後成績は伸び、中2の神奈川県のア・テスト(アチーブメントテスト)で上位に入るものの最上位とはいえず、トップレベルではあるものの、トップではないという微妙な位置でした。
雑誌『Newton』に影響を受けて科学者を目指す
しかし、中3の夏休みに本格的に勉強を始めると成績が急上昇し、公立進学校に進めるレベルに到達。無事、高校受験を経て進学校である神奈川県立柏陽高校に入学します。併願校の東京学芸大学附属と桐蔭学園の理数科(普通科は合格)は不合格でしたが、神奈川県立高校模試では1万人中6番という成績を取るまでに伸びました。
「小学校高学年の頃、Newtonという科学雑誌が創刊されて読み出して、科学の面白さを知った」榎木さん。高校入学後も科学者になりたいという夢は変わらず、やがて研究に強い理学部への進学を視野に入れていきます。
高校の最初の学年テストで学年470人中9番というスタートを切り、研究が強い京都大学や東北大学の理学部を検討していた榎木さんは、次第に東大の理系を第1志望に定めていきます。
高1の時は東大のA判定を取ることもありましたが、次第に成績が安定しなくなっていき、模試によってA判定の時もあればC〜Dの時もあるという状態が続きました。「確実に受かるレベルではなかった」と振り返ります。

