つまらない場所に子どもたちが喜んで行くはずはなく、そういう子どもたちに学校は登校を強いる。我慢して登校していても、その我慢が限界を超えれば登校しなくなる。不登校である。
東本郷小学校では、子どもたち自身が生活と学びをつくっていくカリキュラムを1年生時に行って、我慢して学校に来させることを止めた。生活も学びも「楽しい」から登校するのだ。
「今やっている試みを始めてから、子どもたちが生き生きしはじめているのを、実感しています」とも、堂腰氏は言った。子どもたちが生き生きしている学校こそが、本来の学校の姿ではないだろうか。
2年生、3年生になったときに反動はないか?
だから、東本郷小学校の1年生に不登校や行き渋りはいない。堂腰氏は「不登校の子を減らすためにやっていることではありません」と強調し、「学校に行ったら楽しいし成長できる。それを他人と比べることなく、子ども自身が実感できる学校づくりを目指しています」と繰り返し言った。
1年生から2年生、3年生になってスタートカリキュラムも終了し、授業時間はジッと座っていることを強いられる生活になれば、子どもたちはたちまち「楽しい」から「つまらない」になってしまうのではないか。我慢して学校に行くことに耐えられず、登校しない子もでてくるのではないか。堂腰氏が続ける。
「1年生で楽しく成長できることを学んだ子どもたちは、何年生になっても同じ学びができるはずです。総合的な学習の中に算数や国語の学びがあっていいはずです。そういう学びを1年生で経験した子たちは、3年生でも6年生でもできるはずです」
同じことは、教員にもいえる。1年生での指導で子どもが生き生きしてくるのを実感した教員は、1年生の期間が終わったから我慢させる生活を強いようとは思わないはずである。堂腰氏も言う。
「5年生、6年生になっても、教科書の順番どおりに授業を進めていかなくてもいいはずです。その先生にしかできないオリジナルの授業をやってもらっていい、と私は考えています。そうすることで、ほんとうに学校が変わっていくと思います」
東本郷小学校の「遊びを学びにつなげる」授業は、始まってから今年でまだ4年目でしかない。まだまだ発展途上であり、ほんとうに学校全体が変わったといえるまでには、もう少し時間がかかるかもしれない。しかし、確実に変わりつつあるのも事実だ。そこには、日本の学校が取り組むべき姿がある。



