渡邉氏はグリラスを立ち上げたきっかけも、当初の目的は「科研費の獲得」だった。
もともと発生生物学や遺伝子工学(生物のDNAを人工的に操作・改変し、特定の形質や機能を人為的に変化させる技術やプロセスの総称)の分野で、渡邉氏は20年近く前からコオロギの研究に従事してきた。そうした中、2016年に徳島大学で教員のポストを得た際、研究費を獲得するための一策として始めたのが食用コオロギの研究だった。
「遺伝子工学はアカデミック内で『基礎研究』と言われる位置付けで、研究意義が伝わりづらいと言われています。端的に言えば、『コオロギの研究は何の役に立つのか』と問われやすいわけですね。
そこでコオロギの研究が、社会の役に立っているのを分かりやすく示そうと、食品廃棄物や食品残渣から食用コオロギを効率的に生産する研究を始めました」
「もう一回リベンジしないと気が済まない」
その後、渡邉氏は「コオロギで世界を救う」を標語に、数々のビジネスコンテストで入賞。ベンチャーキャピタルからの資金調達にも成功し、良品計画との商品化も実現したことで、満を持して19年にグリラスを起業した。しかし前述の通り、24年には破産申請を行い、創業から約5年で力尽きた。
「正直、グリラスの破産直後は、研究職に専念することも考えていた。かつての憂き目を振り返るのはつらく、グリラスの破産直後は取材を断る時期もあった。ただ同時に、このまま引き下がってしまえば、私と同じように起業したい研究者が、『グリラスの失敗を受けて萎縮してしまうのでは』という葛藤が募った。
再び起業を目指すようになったのは、大学発ベンチャーとして失敗してしまったことに対して、ある意味で責任を感じているからです。『昆虫食であれだけ炎上したのにまだ諦めてない』という姿を見せていきたい。
それにグリラスを運営していた頃は、大学発のスタートアップとしては、広報やPRにお金をかけていた方だった。事あるごとに、メディアに向けて発表会を開いては積極的に露出を作り、昆虫食のブームを演出している節もあったわけです。
それが炎上や倒産を経て、都合が悪くなると表に出てこないのは、筋が通っていない。今回の取材を受けたのも、表舞台に出て全貌を語るのが責務だと感じたから。そうした負の側面も含め、もう一回リベンジしないと気が済まない」
わずか5年間で、起業から倒産までを経験した渡邉氏は、次のビジネスに向けて動き出している。もちろん動物用医薬品として実用化するには、有効性や安全性の検証、承認取得など複数の壁がある。それでも感情的な抵抗が起きにくい動物向けの医薬品から入り、基盤を固めてから食用コオロギに再挑戦するという発想は、炎上を経験したがゆえの戦略とも言える。
炎上と経営破綻の教訓を抱えながらも、渡邉氏は再びコオロギを社会実装する道を探っている。

