半世紀前の「消費センター」という構想を再現するのではなく、現在の街の実態に合った駅前をつくれるかが課題となる。
⑥なりたかった街と、なった街
1968年、松戸市は調査報告書で、柏や船橋と肩を並べ、東京にも対抗できる商業都市「大松戸市」を目標に掲げた。その象徴が伊勢丹だった。報告書は、東京への購買流出や市内商業の弱さを正確に分析していたが、その解決策として描いた「消費センター」という将来像は実現しなかった。
この点は、本連載で取り上げた八王子市と同様のケースでもある。八王子市も1958年の調査で「多摩最大の消費センター」を掲げたが、実際の購買力は隣の立川市の半分以下だった。都市が描く将来像と、実際に形成される街の姿は、必ずしも一致しないのだ。
「百貨店を誘致すれば街は変わる」という時代は終わった。これからの松戸駅前では、市、民間事業者、市民が街の現状を共有し、どのような場所を目指すのかをすり合わせることが重要になるだろう。

