五能線の近代化・観光化は白神山地の貴重さが広く知られるようになり、世界遺産登録に至ったのが大きなきっかけだったといえる。1980年代の「青秋林道」の計画と反対運動を契機に白神山地のブナ原生林の貴重さが見直され、1990年には林野庁が白神山地の中核部に「森林生態系保護地域」を設定。1993年12月には、屋久島とともに日本で初めての「世界自然遺産」に登録された。
そのころから、五能線を「観光ローカル線」として位置付ける動きも活発化しはじめた。
第一弾の観光列車は、1990年に登場した「ノスタルジックビュートレイン」だ。展望車を連結したディーゼル機関車牽引の客車列車で、鉄道ファンのみならず「乗ることを楽しむ」列車として人気を集め、観光客の誘致に成功した。
1990年代は沿線でも、正面に巨大な遮光器土偶をあしらった木造(きづくり)駅の駅舎完成や、五所川原立佞武多(たちねぷた)の復活、津軽鉄道のストーブ列車の人気の高まりなど、観光活性化が進んだ。五能線はさまざまなメディアに登場するようになり、それまでの「秘境のローカル線」から「乗ってみたいローカル線」として脚光を浴びるようになった。
「リゾートしらかみ」の登場
成功を収めた「ノスタルジックビュートレイン」は1996年冬に運転を終了して、1997年からはキハ40系を改造した展望気動車による快速「リゾートしらかみ」が登場した。筆者も同乗取材を行った。この列車の先頭車では津軽平野を通過するころ、地元の人たちによる「津軽三味線」の演奏が行われ、岩木山を望みながら生の「津軽じょんがら」三味線を聞いた時には、これまでの五能線のあゆみが思い出され胸が熱くなったものだ。

