夏の明るい日本海の潮風を浴びて旅するのもいいが、冬にはシベリアおろしの寒風が吹きつけ、日本海は夏とは一変した様相を呈する。この日本海の魅力に筆者は冬に五能線を多く旅したものである。大波が荒れ狂う車窓からの風景も醍醐味だった。時には大波が線路近くにまで押し寄せ、列車を波しぶきが洗うこともあった。
だがそれは、時には鉄道を破壊する力で海岸線に迫ってくることもあった。
荒波が襲った線路
1972年12月1日、筆者は日本海の荒波を車窓に見て、深浦の宿に向かっていた。天気予報では低気圧が発達しながら日本海を北上するという。
深浦の宿は港に近い木造の旅館だった。翌日は早朝の深浦始発のハチロク(8620形蒸気機関車)の引く1725列車に乗ってルポをする予定なので、早めに床についた。同年3月改正の時刻表を見ると、1725列車は5時50分深浦発となっている。しかし、低気圧接近による風雪は激しく雨戸を叩きなかなか寝付かれなかった。
翌2日朝、まだ暗い頃に目を覚ますと、午前6時をまわっていた。見事に寝過ごしたのだ。二度寝したことが不覚だった。始発列車は諦めて、1時間後の気動車列車に乗るべく深浦駅に向かった。低気圧通過の真っ最中で、風も強く海は荒れていた。
駅に着くと事務室が慌ただしく、当直助役が鉄道電話にしがみつき表情も険しい。1725列車が定刻を過ぎても追良瀬駅に到着していないという。立て続けに、1725列車が広戸―追良瀬駅間で高波により脱線転覆しているという情報が入った。

