玉木氏は、年収ごとの実質負担率を可視化したグラフである「翁カーブ」の考え方を踏まえ、年収540万円未満の日本人の税・社会保険料負担が諸外国(G3)と比べて重いことから、「給付付き税額控除」は構想されたと経緯を説明。
しかし、国民会議の資料では、「給付が消失する水準は、諸外国では概ね平均年収の50%前後」と明記されているとした上で、「これを当てはめると、日本の平均年収480万円の50%は240万円となり、給付消失水準は240万円となる」と述べた。
「仮に給付消失水準が240万円程度なら、2029年4月に飲食料品の消費税率が1%から8%に戻る際、年収240万円以上の人は給付付き税額控除の対象外になるので、実質的に『増税』となる」と懸念を表明している。
同様の主張は、日本共産党書記局長の小池晃氏からも出ている。Xの投稿で「支援の上限は、国際比較をもとに、平均年収(478万円~540万円)の50%前後とされているので、年収250万円程度を超えると対象外になる?」と疑問を呈した。
中間層の「相対的剥奪感」による不満
もしこの「低所得層へのバラマキ」が「給付付き税額控除」の正体であるとするなら、あまりにも国民をバカにした愚策である。これは実質的に、「給付付き税額控除」という看板を下ろし、「特定の層を対象にした選別的現金給付」にスケールダウンしたことを意味するからだ。
「税を納めているからこそ、控除として恩恵が受けられる」という建前すらなくなり、「国が定めた低所得基準を満たす人だけにお金を配る」という見慣れた構図の復活である。税や社会保険料の負担ばかりがのしかかる中間層の「自分は不当に扱われている」という「相対的剥奪感」は、この露骨な選別によってさらに増幅されることになるだろう。
その際、国民会議の資料にある「所得に連動したきめ細かな給付」は裏目に出る可能性が否めない。これは「バラマキとの批判を受けやすい一律給付との違い」を強調したものであり、所得が伸びるほど徐々に給付を減らし、手取りの逆転(手取り額が急減する所得の崖)を防ぐという設計自体は、経済学の教科書的には正しいアプローチといえる。
だが、ここでも人々の心理的な影響が度外視されている。個人の所得に連動して細かく給付額が変わることは、「国民の間に無数の微細な損得のグラデーション(境界線)を引く」ということだ。例えば、「年収300万円の同僚は満額もらえるが、残業を頑張って年収320万円になった自分は少し減額される」といった微細な格差が可視化されることになる。
また、「働いて所得が少し上がると給付が削られる」という制度設計そのものに、真面目に働いている中間層は、「働く者が損をして、働かない(あるいは就業調整する)者が得をする不条理な社会だ」という道徳的な怒りを抱くことが否定できない。
さらに、国民会議の資料には、子育て世帯には、18歳以下のこどもの人数に応じた加算を行うと書かれている。このような所得とは異なった「損得のグラデーション(境界線)」が加わることによって、「自分と似たような境遇なのに、なぜあの家庭だけ給付をフルにもらえているのか」という、極めて狭い範囲での疑心暗鬼が最大化する恐れがある。

