6月16~17日に開催された米連邦公開市場委員会(FOMC)は、5月に米連邦準備制度理事会(FRB)の新議長に就任したウォーシュ氏にとって、金融政策決定を指揮するデビュー戦となった。
新たな取り組みとして注目されたのは、声明文から「フォワードガイダンス」と称される金融政策運営の先行き指針を削除したことだった。これに伴って声明文も大幅に簡素化され、分量的に3分の1程度となった。今後、「ドットチャート」と呼ばれるFOMCメンバーの政策金利見通しも廃止される見通しだ。
ウォーシュ氏は、就任前からFRBのコミュニケーションのあり方を簡素化方向で見直すことに前向きだった。このため、「フォワードガイダンス」の削除はある程度は想定され、さほどのサプライズはなかった。
ただ、長らく「フォワードガイダンス」に慣れた向きには「金融政策の先行きの手がかりがなくなる」ため、これを「透明性の後退」と受け止められるのは否めないところだ。
以下では、まず「フォワードガイダンス」の歴史を回顧しつつ、本当に透明性の後退になるのかを考察したい。
金利の機動性を失い、コミュニケーションで「工夫」
金融政策運営の「フォワードガイダンス」は、大雑把な方向感を示す程度のものから、強く明示するものまで幅が広い。ここでは「強めの方向感を示すもの」を前提に話を進めたい。
当たり前だが、中央銀行は状況変化に応じて金利を機動的に動かす、というのが基本となる。平時の経済・物価を前提にすると金利は景気循環に沿って緩和・引き締めのサイクルを描く。そうした局面では、まさに「状況変化に応じて機動的に金融政策を運営する」という方針が一般的で、特に方向感を出す必要はない。
ただ、長期低迷でゼロ金利制約に直面すると、伝統的金利政策の観点では、一段の緩和余地はない、という意味で機動性を失う。そこで緩和余地を広げる(緩和効果を高める)ためにコミュニケーション上の工夫を行う必要に迫られる。
そうした事態に初めて遭遇したのが日銀だった。日銀の金融政策は、1980年代後半のバブル崩壊に伴う長期低迷で、90年代後半にゼロ金利制約に直面。そして、99年初めに正真正銘の「ゼロ金利政策」に追い込まれた。
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