中国勢の急速な進歩をめぐっては、他社モデルの出力を学習に使う「蒸留」も争点になっています。Anthropicは26年2月、DeepSeekやMoonshot AI、MiniMaxに関連すると判断した多数の不正アカウントを通じて、大量のやり取りが行われたと公表しました。OpenAIも同様の指摘をしています。
中国の複数の大手モデル事業者や一部の大学研究室による利用の中に、競合モデルの蒸留を示唆する挙動が見られたというものです。
蒸留自体は、高性能な教師モデルの出力を使って小さなモデルを訓練する一般的な技術で、アメリカ企業も製品開発に利用しています。問題になるのは、他社モデルの出力を利用規約で禁じられた競合モデルの開発に使うことや、偽アカウントの作成、地域制限の回避、大量の自動取得などです。
一方、アメリカは22年以降、中国向けの先端GPUと半導体製造装置の輸出規制を強めてきました。条件付きで一部製品の輸出を認める動きはあるものの、中国企業が最新GPUを大量かつ安定的に確保しにくい状況は続いています。
しかし、この制約が、中国勢の効率化を促しました。DeepSeekは、問題に応じて一部の専門家だけを動かすMoE(Mixture of Experts)、低精度演算、注意機構の改良などを組み合わせ、計算量やメモリ使用量を抑えています。
DeepSeek V3の効率を測る目安として、Metaの大規模モデルLlama 3.1 405Bと比べてみましょう。両モデルは、いずれも約15兆トークンで学習しました。
Llama 3.1 405Bが約3084万GPU時間を要したのに対し、DeepSeek V3は278万8000 H800 GPU時間と報告されており、費やしたGPU時間だけを比べると約11分の1です。ただし、全パラメーターを使うLlamaと、一部のパラメーターだけを動かすMoE型のDeepSeekではモデル構造が異なり、GPUの種類や集計条件も同じではありません。単純に11倍効率的だったとは言えませんが、DeepSeek V3が限られた計算資源をうまく使って学習されたと見てよいでしょう。
ファーウェイ(華為技術)もAIプラットフォーム・ブランド「Ascend」とAI開発基盤CANNを軸に、中国国内で使える代替環境を広げています。多数のチップを束ねるSuperPoDや、DeepSeekの一部処理をAscendで動かす取り組みは、推論を動かす際にNVIDIA製品へ頼らずに済む選択肢になります。
もっとも、先端モデルの学習までアメリカ技術から自立したとは言えず、製造能力やソフトウェアの成熟度にはなお差があります。
高性能AIがサイバー攻防の速度を上げる
生成AIを使ったサイバー攻撃は、すでに始まっています。Googleは、中国政府を背景に持つ攻撃者が、標的の偵察やスクリプト開発、コードの修正にGeminiを利用し、侵入後の横展開や権限昇格、データの持ち出し、検知回避について調べていたと報告しました。
Anthropicも25年11月、同年9月中旬に検知した中国の国家支援グループによる攻撃について、Claude Codeを使って世界の約30の組織・機関への侵入を試みたと公表しています。
これらの事例で使われたのはいずれもアメリカ製AIですが、生成AIは攻撃方法を助言するだけでなく、偵察やコード作成、侵入作業の一部を進める道具にもなっています。
AIの攻撃能力そのものも急速に伸びています。Anthropicの「Claude Mythos 5」は、脆弱性の発見から悪用方法の作成、侵入後の横展開まで実行できます。Anthropicは、悪用の危険があるため一般公開せず、審査を通過した組織に防御目的で提供しています。
前身のMythos Previewは、1000件を超えるオープンソースプロジェクトをスキャンして6202件の高・重大な脆弱性を検出し、そのうち530件を開発者に開示、26年5月までに75件が修正されました。攻撃と防御に必要な能力は、表裏一体なのです。

