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1945年8月日本政府はなぜ原子爆弾を「新型爆弾」と呼んだのか―戦時下の事実隠蔽と現代政治に続く不都合な真実の悪習

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1945年8月6日、原爆投下直後、キノコ雲をあげる原子爆弾(写真: Universal History Archive/Getty Images)
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海上護衛総司令部の大井篤(おおい・あつし)大佐も6日付日記に「広島ニB29×3ニ依リ原子爆弾投下」と記している。なお、紙質と筆記具から1980年代後半に追加されたとみられる付せんがあり、「トルーマン放送の解釈をめぐり肯定的な私と否定的な杉田参謀との間に論争があり」とある。

海軍省官房日誌(防衛研究所・所蔵)

公式記録としては海軍省官房日誌が挙げられる。8月6日条の一番最後に「本日B-29広島市ニ対シ原子爆弾攻撃ヲ実施ス」とある。

注目すべきは「原子爆弾攻撃」と書き直したことだ。元の字句に消しゴムをかけた痕跡がある。例えば「壊滅的爆撃」とでも書いていた。それを放送聴取の結果を聞いて改めたのだろう。

当然だが、聴取は陸軍や政府も実施している。後者に関しては、受託した同盟通信に「トルーマン放送を聞いた」との証言は残っている。同盟通信は戦後、共同通信と時事通信の基となった会社である。

日本は原爆を知らなかったわけではない。むしろ「原爆以外にはありえない」との結論に到達していたのが実相である。

それにもかかわらず、なぜ日本政府は「原子爆弾」の語句を使わなかったのか。しかもアメリカによる原爆発表から、広島被災を布告する8月7日15時の大本営発表までには半日以上の時間が経っている。それなのに、なぜ「新型爆弾」の語句を使ったのか。

「新型爆弾」と言うことの欺瞞

それは陸海軍が「原子爆弾」の表現に反対したためだ。原爆と認めれば戦争継続は事実上不可能となってしまう。原爆の威力は以前から知られていた。それをアメリカが実戦に投入した事実を認めれば日本の勝機は完全に消滅する。そうなると戦争を継続する理由は立たなくなる。

当時の陸海軍は一撃講和論を主張していた。本土決戦によりアメリカ軍に大損害を与える。それによりアメリカに戦争継続をためらわせて講和を選択させる構想だ。

それが軍部が面目を保つ唯一の選択肢であった。陸海軍は決戦を強く主張しながら負け続け、本土の都市も空襲で焼け野原となった。ただ、講和に持ち込めれば面目は立つ。これまでの戦死者や戦争被害者を無駄な犠牲とせずに済むのである。

ところが、原爆を認めると、この筋書きが崩れてしまう。日本軍は打撃を与えるどころか、原爆により一方的に消滅する立場となるからだ。

そのうえで、無条件降伏となると陸海軍は今までの失敗を認めざるをえない。敗北続きの作戦指導どころか、大量の戦死者や空襲被害、国家総動員体制下での窮乏生活といった戦争指導の責任を責められる立場に陥るのである。

だから「原子爆弾」の語に抵抗した。トルーマンの「原爆を使った」は日本を騙すための謀略である。原爆にしては威力が小さすぎる。2000トンの爆薬を落としたとすればつじつまは合う。コンクリートの建物であれば被害は少ない。白い服を着ていれば火傷も防げるなどと遁辞を尽くした。

内務省もまた「原子爆弾」に抵抗した。こちらは日本敗北がはっきりすることで、国民が動揺することを懸念した結果だ。国民生活は、ほぼ限界状態にあった。その安定は戦争遂行協力の一点で維持されている。それが崩れれば体制維持、それも「国体」、今の言い方なら天皇制を維持できるかどうかに発展しかねないとの判断である。

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