日本政府は原子爆弾を「新型爆弾」と呼んだ。1945年8月6日の広島投下、9日の長崎投下のどちらも政府と大本営はその語を用いている。
これは「原爆を知らなかったため」と片付けられている。原爆の存在は知らなかった。だから仕方がない、といった理解である。
それは本当だろうか。日本は広島・長崎に投下した爆弾が原子爆弾であるとは認識できなかったのだろうか。
それは間違いである。なぜなら、日本は原子爆弾だと承知していたためだ。そのうえで原爆と認めれば戦争継続は不可能となり敗北を認めなければならない。だから、原爆投下の事実を認めず、代わりに「新型爆弾」と呼んだのである。
日本人も原爆は知っていた
もちろん、疑問が浮かぶだろう。「当時の日本人は原子爆弾を知らなかったはず」「それなら新型爆弾と呼ぶのは当然だ」といった内容である。
実際に、アメリカは原爆開発計画を徹底秘匿している。マンハッタン計画はルーズベルト大統領と、スチムソン陸軍長官の系統限定で進めていた。議会どころか、副大統領だったトルーマンにすら隠していた。
それを承知していれば「日本人は知る由もなかった」と考えるからだ。確かに日本でも研究には手をつけてはいた。ただ、それは実現できるかどうか検討する段階にとどまっている。本当に原爆を作れるとは思えなかった。そのような理解ともなるだろう。
しかし、それは誤った判断である。
第1に、当時の日本人は、すでに原爆とその威力を知っていたからだ。新聞報道でウラニウム爆弾、さらに原子爆弾そのものの名前で周知が進んでいた。
例えば、1944年7月9日の『朝日新聞』「ウラニュム 十瓦で都市爆砕」は基本原理と推定威力について説明している。ウラン原子が1つ核分裂すれば2億電子ボルト、つまり200MeV(メガ電子ボルト)のエネルギーを放出する。これは燃焼といった化学反応の2000万倍に相当するとの内容である。なお「十瓦」は「10グラム」と読む。

