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政治・経済・投資 #狂気に正気で立ち向かった男・中村哲

対テロ戦争に費やされた250兆円と用水路建設にかかった14億円…どちらが「生きた金」の使い方だったのか

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(撮影:西谷文和)

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世界が狂気に覆われている。「イランを石器時代に戻す」「橋も発電所も、何一つ残らない」。トランプ米大統領のイランに対する発言は、譲歩を引き出すための作戦だとはいえ、人類が積み上げてきた「叡智」を根底から覆した。
片や日本の高市政権は2025年10月、トランプ氏を2026年ノーベル平和賞候補に推薦し、今年2026年3月の日米首脳会談では「世界中に平和と繁栄をもたらせるのは、ドナルドだけ」と持ち上げた。この4月には「防衛装備移転三原則」およびその運用指針を改定し、殺傷能力のある武器の輸出を解禁した。
マスコミでは国際政治学者や軍事専門家を名乗る人たちが訳知り顔で「国際政治のリアリズム」「力による平和」を解説する。語られる中身も見方によっては正しく、それなりに説得力がある。
ただ、どうも違和感が付きまとう。私たちは、国際政治のリアリズムに、ただ従って生きるしかないのだろうか。世界を覆う狂気に対して、個々の人間にできることはないのだろうか。
そこで、思い起こしたい人物がいる。医師の中村哲さん(2019年12月4日没・享年73)だ。中村さんは、世界を覆っていた戦争の狂気に正気で立ち向かった日本人である。拙著『炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅』の取材過程でつかんだ事実を基に、中村さんの正気の根源を探ってみたい。
デジタル連載【狂気に正気で立ち向かった男・中村哲】の第1回は、中村さんがなぜアフガニスタンに入ったのか、なぜ、人が行かない所に行ったのかを、氏の生い立ちから探る。

2000年代、アメリカが先の見えない対テロ戦争を繰り広げていた頃、中村さんはアフガニスタンで1000本以上の井戸を掘り、数十キロにわたる用水路を建設して、砂漠化した大地を緑野に変えていた。「死の谷」と呼ばれるガンベリ砂漠に開いた農園の広さは、235ヘクタール(皇居の2倍以上、東京・代々木公園の4倍以上)に及ぶ。

灌漑(かんがい)事業全体で、65万人とも、90万人ともいわれる人々の生活を成り立たせ、生命を救った。その費用は約14億円。すべて中村さんの後ろ盾である国際NGO「ペシャワール会」への募金や寄付で賄われている。

250兆円と14億円

一方で、「9.11アメリカ同時多発テロ」の後、アメリカは20年続けたアフガニスタンでの対テロ戦争に、約2.3兆ドル(約250兆円)を費やしたといわれる。この250兆円と、用水路の建設に要した14億円、どちらが「生きた金」の使い方だったろうか。

中村さんは、ペシャワール会の会報(2017年6月28日付)にこう記している。

〈無差別の暴力は過去の自分たちの姿です。敵は外にあるのではありません。私たちの中に潜む欲望や偏見、残虐性が束になるとき、正気を持つ個人が消え、主語のない狂気と臆病が力を振るうことを見てきました。このような状況だからこそ、人と人、人と自然の和解を訴え(中略)それで正気と人間らしさを保つことはできます〉

和解を訴えてこそ正気が保たれる。それが中村さんの生き方だった。では、中村さんはいかにして、狂気に正気で立ち向かったのだろうか。

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【弱きを助け、強きをくじく義侠心】

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