2000年代、アメリカが先の見えない対テロ戦争を繰り広げていた頃、中村さんはアフガニスタンで1000本以上の井戸を掘り、数十キロにわたる用水路を建設して、砂漠化した大地を緑野に変えていた。「死の谷」と呼ばれるガンベリ砂漠に開いた農園の広さは、235ヘクタール(皇居の2倍以上、東京・代々木公園の4倍以上)に及ぶ。
灌漑(かんがい)事業全体で、65万人とも、90万人ともいわれる人々の生活を成り立たせ、生命を救った。その費用は約14億円。すべて中村さんの後ろ盾である国際NGO「ペシャワール会」への募金や寄付で賄われている。
250兆円と14億円
一方で、「9.11アメリカ同時多発テロ」の後、アメリカは20年続けたアフガニスタンでの対テロ戦争に、約2.3兆ドル(約250兆円)を費やしたといわれる。この250兆円と、用水路の建設に要した14億円、どちらが「生きた金」の使い方だったろうか。
中村さんは、ペシャワール会の会報(2017年6月28日付)にこう記している。
〈無差別の暴力は過去の自分たちの姿です。敵は外にあるのではありません。私たちの中に潜む欲望や偏見、残虐性が束になるとき、正気を持つ個人が消え、主語のない狂気と臆病が力を振るうことを見てきました。このような状況だからこそ、人と人、人と自然の和解を訴え(中略)それで正気と人間らしさを保つことはできます〉
和解を訴えてこそ正気が保たれる。それが中村さんの生き方だった。では、中村さんはいかにして、狂気に正気で立ち向かったのだろうか。
次ページが続きます:
【弱きを助け、強きをくじく義侠心】
この記事は有料会員限定です
残り 3834文字
