1945年4月7日、戦艦「大和」は東シナ海で沈んだ。世界最大の戦艦は、水上艦隊による沖縄救援の途上でアメリカ空母機動部隊の攻撃を受け、10本以上の命中魚雷により転覆し大爆発とともに沈没した。日本海軍の事実上の終焉である。
作戦としての無謀さと無意味さは周知のとおりである。東シナ海はすでにアメリカが支配していた。「大和」は沖縄に到着できる見込みはなく、途中で沈むことも明らかであった。
それにもかかわらず、なぜ海軍は「大和」を沖縄に送り出したのか。それは「正々堂々と戦って沈める」ためであった。
そうしてこそ海軍の面目を保てる。戦わずして敗北する汚名を避ける。水上艦隊もまた特攻隊を出した実績を積む。すべて、戦後の批判を免れるためである。
「面目」を保つための作戦
「大和」の沖縄出撃には批判が多い。すでに述べた無謀さと無意味さはその筆頭である。加えて「乗員を無駄死させた」、あるいは「アメリカ軍に戦果を与えるだけだった」との指摘も多い。
当時の海軍参謀も、電報に打ち出された「海軍の伝統を後世に伝えるため」の字句を持ち出して「そのために最後の燃料を使うのか」と戦後に批判している。
だが、これらの批判には疑問が浮かぶ。戦争における軍事的な必要性や合理性に偏っているのではないか。さらに、「海軍による組織利益の追求」といった視点を欠いているのではないか。
実際のところ、軍事的な成果は期待していない。「沖縄の戦いを有利にするか」はまったく考慮されていない。同様に「味方の戦死者を抑えるか」の発想も存在していない。
それよりも重要な、海軍の面目を保つための作戦である。もともと勝つ必要はない。むしろ「大和」には、正々堂々と戦って沈むことを期待していた。
この視点からみると、いずれの批判も的外れとなる。海軍は戦死者の発生は問題としていない。燃料問題に至っては些末な話でしかない。それよりも「いかに跡を濁さない負け方をするか」を重視していたのである。
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