「東大推薦の枠があるから、受けてみたらどうか」
あとで聞くと、一般入試で東大を勧めてもかたくなに京大を譲らなかったので、推薦ならどうだ、というのが先生たちの作戦だったらしい。当時、京大はA判定。ある程度、推薦入試に時間を使う余裕はあった。
「せっかくやし、やってみるか」
軽いノリだった。彼自身、勉強で日本一になるのは無理だから、日本一面白い受験生になろう、という奇妙な目標を掲げていた。
「推薦で東大受けて、本番は京大受けたら面白いかな」という普通の受験生とはまるで違う理屈で、彼は東大推薦の書類を整え始めた。
通常、東大推薦は論文実績や数学オリンピックなどの華々しい実績を誇って受験するものだが、彼の場合はそういうアピールポイントはなかった。だが、自分の町を旅行してきた3年間の蓄積、地域と経済の話を自分の言葉で語れる語彙の分厚さは訴求ポイントになった。結果、東京大学経済学部に推薦合格した。
人口31人の集落に見いだした“価値”
東大に入ってから、下村さんは大学のプログラムを通じて、地方の自治体と連携し、地域の課題解決に取り組む組織に加わった。
限界集落で作った日本酒を売る仕事だった。プログラムが終わっても、地域との関わりを断ちたくなかった。そこで、住民らで作る現地法人『NPO法人チーム道行竈』に加入させてほしいとお願いしたところ、快諾を受け、現在も活動している。
道行竈は、三重県南伊勢町にある平家の落人の子孫が暮らす人口31人の農村集落だ。奈良県で「自分の町を旅行してみよう」と考えた高校生は、いま、三重の限界集落を「もう一つの地元」として通っている。
道行竈では、「神の穂」を使用した日本酒づくりが行われている。台風が来る土地柄、稲刈りは9月では遅く、8月の米を使う必要がある。仕上がりはフルーティで美味しい。ただし、それだけでは他の日本酒と差別化できない。
差別化の源泉になったのは、限界集落であるということそのものだった。
「現地の人にとっては当たり前のことでも、外から見れば価値があるものがある。だが、現地の人はそれに気づいていないことも多い」
ニュースを面白がる小学生の視点は、20歳になっても健在だ。

