東大の文化祭でもその日本酒を販売するなど、東京在住であることも生かしながら、都心でのPRを少しずつ拡大している。
「東京の人とご飯に行って、1回で1人1万円とか使うのを見ると、この1万円が地方に流れたらどんなことになるだろう、と思うんです。今は逆に地方経済においては所得の流出が起こっているわけですから」
本を出版、NPO理事に…彼の現在地とこれから
大学生になり、行動範囲はさらに広がった。下村さんはこれまで日本を計3周した。
観光名所だけでなく、その土地のスーパーに立ち寄り、地元の人が普通に買っているものを眺めて回った。経験を基に、7月には著書『スーパーって観光地やねん』を上梓した。観光ガイドではなく、日常の中にこそその土地の顔がある、という彼の思想の書である。
奈良の地元では地域の高齢者と交流していたが、東京に来て、そうした関わりが薄くなった。だから彼は、老人ホームにボランティアで訪問する活動などを実施するNPO法人に入り、いまはそこの理事も務めている。
さらに最近は、自分の会社も立ち上げた。究極の地方創生は移住であると思うが、実際のところ移住は誰にでもできることではない。だが「関係人口」やその他の方法で、地域にお金を流す方法はいくらでもあるはずだ。教育、旅行、地域産品の販売、それらを仕組み化し、地方に向かうお金の流れを作るのがこれからの仕事だと考えている。
小学3年生の自己紹介カードに「おはよう日本」と書いた少年は、20歳になった。ニュースを見て面白がる子どもは、いつの間にか、ニュースの中の限界集落に、自分の足で入り込む若者になっていた。
「神童」という言葉は、普通は学力の早熟を指す。だが、彼の場合、早熟だったのは学力ではなく、関心の座標軸のほうだった。周りの子どもが妖怪ウォッチに夢中になっていた時期に、彼はすでに、日本の地方が抱えることになる問題の、ぼんやりとした輪郭を眺めていた。
神童と呼ばれた子の行き先は、ときに、日本一の大学の合格通知よりも、人口31人の集落で老人高齢者たちが「ありがとう」と笑う顔の中に現れる。下村英理という20歳の東大生は、そう静かに教えてくれる。

