もともと世界にある面白いものが好きで、旅行が好きだった。高校生になって行動範囲が広がると、いろいろな場所に足を延ばせるようになる。ところが、外に出れば出るほど、彼はあることに気づいた。
「あ、いちばん近いところに行ってないわ」
そこで彼は、「自分の町を旅行してみよう」と考える。自分の住んでいる、ごく普通の住宅街を、旅行者の目で歩き始めたのだ。
木曜日だけ油のにおいが漂ってくる、いつもはホルモンの卸売りをしている店。
50年、地元で饅頭を作り続けている寡黙なおじいさんの店。
こども1人では入りにくい、築年数を重ねたお寿司屋さん。
小中学生の頃は近寄れなかった、興味すら持たなかったそれらの場所に、高校生になった彼はある程度の度胸を持って入っていった。
それらのお店に来る高校生は珍しかったこともあり、店主たちは彼をかわいがった。いつもは黙り込んでいるおじいさんも、「また来たんか」と明るい顔で出迎えるようになる。そこで地域の昔の話を聞き、学校生活を聞かれた。ニュースを見ていた小学生は、自分の街のニュースを一次情報で仕入れる高校生になっていた。
ニュースを見たり、自身でもさまざまな地域の過去や人々の思いに触れたとき、日本の文化を守りたいという思いが、彼の中で少しずつ形をはっきりさせ始めていた。日本の文化の深みは、東京のみならず、地方にこそあるのではないか。人口流出という言葉を、教科書ではなく、和菓子屋のおじいさんの顔のシワと一緒に理解できるようになっていた。
先生は東大を強く勧めた
進路の話になる。西大和学園は「東大に行こう!」の空気が強い学校だ。
しかし当時の下村さんの志望は京都大学だった。京大の校風が合うと感じていたのもあるが、それ以上に、周囲があまりに「東大、東大」と言うので、逆張りで京大を選んだところもある。
もうひとつ、彼の中には別の理屈もあった。地域活性化をやりたいと思っている自分が東京に行くことは、東京一極集中に加担することになるのではないか――高校生の彼は、自分の進学すら、日本の人口地図の中で位置づけて考えていた。
ある模試のあとの夕方、担任に呼ばれる。出来が悪くて指摘されるのかと身構えていたら、話は逆だった。

