そんな下村さんに、周囲は中学受験を勧めた。奈良県で成績のいい男子なら、東大寺学園や西大和学園を目指すのが定石だ。しかし彼は、小学校卒業とともに、地元の公立中学に進んだ。理由はごく単純だった。
「地元の友人と仲が良かったのと、ガリ勉の人が受験するんだったら自分とは少し合わないんじゃないかな、という感覚があって」
人と同じことをするのが気に食わない、というほど攻撃的な意思ではない。でも、皆が一方向に走り出すと、自分は別の方向を見たくなる。彼の中で早くから育っていたのは、そういう感覚だったそうだ。
彼は受験勉強をする代わりに、地元の自治体が実施する「こども議会」のようなイベントに参加したり、某こども新聞の記者をやってさまざまな場所を取材したりした。
公立中学に進学後も、部活動をやったり、作文のコンクールで賞をもらったりして充実した生活を送り、高校受験も真面目に取り組んだ。
進学先に西大和学園を選んだのは、大学受験を見据えた選択というよりは、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定校であり、海外への修学旅行など、幅広い活動をしている学校だと知ったからだ。
中学3年生の1年間だけは、覚悟を決めて塾に通い、休日は1日13時間半机に向かう生活を送った。持久力はあった。本人いわく「勉強は苦じゃなかった」。この時期の下村さんは、あとから振り返れば、生涯でいちばん「普通の受験生」だった時期だったかもしれない。
高校生になった彼が夢中になったこと
高校では、SSHの選抜メンバーに選ばれた。研究テーマは、4種類のミルクティーを飲んでもらい、その感想を数値化して統計処理するというものだ。テーマ自体は身近で軽やかだが、この時にたたき込まれた「主観を数字に落として構造を見る」姿勢は、のちに経済学を選ぶ彼の背骨になっていく。

