いま32歳の杉山さんは、フリーランスとして働いている。
主戦場は教育の場づくりとコミュニティづくり。神戸大学の学生とカフェ「ink BOOKS & COFFEE」を共同経営している。東京・北千住では一軒家を買い、シェアハウスを開いた。月に2回は「すぎ山食堂」の店主として、友人に手料理を振る舞う。
そして2025年、『大怪我でひらがなも読めなくなった東大生 反「どこでも通用する人材」』と題し、リハビリ中に書き溜めていたnote元にして自費出版。
「大怪我以前は、僕はもっと野心家だったし、それを信じられるだけの傲慢さを持っていました。簡単には諦めなかったのではないかと思います」
大怪我をして、何もできなくなって、必死にリハビリしても、元々の頭には戻らなかった。もう能力をまっすぐ磨いて戦っていくことはできない。そう悟るまでに、彼は7年かかった。だがその7年は、彼がエリート山への未練を丁寧に手放し、自分の身の丈に合った小さな山を選び直すために、必要な時間だったのだろう。
「小さくて大切なものだけがあれば、よいのではないか。という諦めのような、しかしそれは気づきでもあった」
エリートへの未練を手放した先に…
32歳の杉山大樹さんは、月に2回、自宅で友達に手料理を振る舞う。北千住のシェアハウスで人を迎える。神戸大学の学生たちとカフェを経営する。収入の1%を誰かに贈る。「良い友達の胃袋を掴んでいるので、世の中がどうなっても生き残る自信アリ」――これが、彼が自著の奥付に自ら記した肩書きである。
神童と呼ばれた子の行き先は、必ずしも「どこでも通用する人材」ではない。自転車で坂を下り、エリート山の頂上への道からは転げ落ちた男は、いまその麓で、代替不可能な自分として、代替不可能な誰かと生きている。

