離婚後、章子さんは日本へ帰るという選択肢を取らなかった。
スペインでは、もう一方の親の同意なく子どもを国外へ連れ出すと、たとえ実の親であっても「子どもの連れ去り」として犯罪に問われる。離婚しても、夫の同意がない限り、子どもを連れて母国へ帰るハードルは非常に高い。だが、章子さんにとってそれは、法律に縛られた結果ではなく自分自身で選んだ答えでもあった。
「子どもたちはスペインの文化で小さい頃から育っていて、お父さんもおじいちゃんおばあちゃんもここにいる。日本に帰るという選択肢は、もうないですね。もし私ひとりだったら、一回日本に帰って出直す、くらいの勢いはあったかもしれないけど」
すべては、子ども中心の判断だった。どうすれば、子どもたちの今の幸せを崩さずにいけるか。章子さんは、この土地に残ることを選んだ。
スペインでは共同親権が一般的だ。ひと月の半分ずつを父と母が交代で子どもをみる形も珍しくない。章子さんも、3人の子どもを隔週で引き取って育てている。元夫は、同じ村に住んでいる。
森のような庭がある家で
章子さんの家は、人口200人ほどの小さな村にある。コロナ禍に、自然のなかで暮らしたいという元夫の希望で買った家だ。離婚の際、家は章子さんが引き継いだ。
窓の外には、何百本の果樹が並ぶ。犬が2匹、猫が1匹。伸びてくる草を刈り、冬にはストーブにくべる薪を割る。休みの日は、家の雑用で時間が消えていく。毎朝7時には、ひんやりとした空気のなかで犬の散歩に出る。
離婚直後は、行政の緊急生活支援を2カ月だけ受け取った。それ以降は、生活費を自分でやりくりし、無駄遣いはしない。

