しかし、38歳の頃、沖縄に住みながらSEとしてリモートワークをしていた木村さんに、転機が訪れます。
「知人からiPadとApple Pencilを借りたのですが、これで『絵が描けるじゃん』と思って、仕事の後に久々にアニメーションを趣味で作り始めたんです。すると、毎日作っていくうちに、これは趣味の域じゃないんじゃないかというレベルのものができてきました。作っているのはかなり面白かったし、自分としても手応えがありました」
作った作品については、多摩美術大学時代と同じく「どこに発表すればいいかわからない」という問題に再び直面したものの、今回は実験的・抽象的な映像作品を評価する映画祭の存在に気づきます。応募してみると、想定以上の評価を獲得。国内外の映画祭にも入選し、「自分の作品は思ったより勝負できる場所があるんじゃないか」という確信が生まれました。
藝大院受験を決意
30代後半にして、充実した制作生活を送っていた木村さん。その生活の中で、ある日、実家・横浜の近くに映像を勉強できる場所があることを知ります。それが、東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻でした。受験しようと思った理由を伺ったところ、「商業アニメではなく、表現の中で新しいものを追求する研究科だったから」と答えてくれました。

