人種差別における上記の社会的な文脈に加え、フランス社会には、サッカーというスポーツが担う役割がある。
フランス語で「フットボール」は「数あるスポーツの一つ」というだけではなく、国家的な団結を象徴する活動だ。国歌ラ・マルセイエーズを一堂に会して歌う機会として、サッカー・フランス代表の試合以上の規模は他になかなかない。
特に若い世代の人気は高く、自分ではサッカーしない子どもたちも、漫画・アニメやゲームと並ぶ共通言語として一定の知識を備えている。
大人の社会ではテニスやラグビーと比較してサッカーを「庶民のスポーツ」と見なす向きはまだ一部に残っているが、年齢層が若くなるにつれ、その感覚は薄くなっている。
そのサッカーの有名選手にアフリカ系ルーツの若者が多いことも、フランスでは、多文化共生の理念の表れとしてポジティブに見られている。
希有な才能と共に若くしてスターとなり、エース番号の10番とキャプテンマークを担うエムバペ選手は、なかでも象徴的な存在だ。
敬愛を込めて「キャプテン」と呼ばれるエムバペ選手の人徳
エムバペ選手が育ったのは、アフリカ系のルーツを持つ住人が多い、パリの北東の郊外ボンディ市。
6歳から地元クラブでサッカーを始め、12歳で国立の有望選手養成所クレールフォンテーヌに所属する。16歳でプロデビューして以来、その技術とスピードを生かして快進撃を重ねている。
18年には19歳で10番を背負ってロシアW杯に初出場し、フランス2度目の優勝の立役者となった。23歳で参戦した22年のカタールW杯では決勝でアルゼンチンに惜敗したが、大会得点王と決勝でのハットトリック(史上2人目)の業績を残している。
サッカー選手としての圧倒的な才能と成績に加え、エムバペ選手はその人物像からも好感度が高い。
スポーツ競技者であった両親との良好な関係や、地道で継続的なチャリティ活動、選手個人の収入の一部を財源にした子ども・若者の多様性支援団体「インスパイアード・バイ・KM」の運営など、その倫理観を表す面が折々ニュースに取り上げられる。
エムバペ選手も自身の社会的な影響力や、特に子どもたちに対する責任を自覚していると、スポンサー選びや言動からも見受けられる。
現代フランスの多文化社会の若きモデルとして、老若男女問わず人気だけでなく、信頼を得ている人物なのだ。27歳でベテランの域に達した今回のW杯では、エムバペ選手は敬愛を込めて「キャプテン(主将)」と呼ばれている。

