期待と不安の混交の中で宣言されたミレミアム宣言には、貧困からの解放に向けた目標が設定されていた。
ここでは確かに、20年以内に世界から貧困を撲滅することが宣言されたのである。
『フラット化する世界』と『貧困の終焉』が示したこと
当時いくつかの書物が話題になった。その1つがトーマス・フリードマンの『フラット化する世界』(日本経済新聞社、06年)で、もう1つがジェフリー・サックスの『貧困の終焉』(早川書房、08年)であった。

フリードマンは、インド・ベンガルールのIT産業の話から始め、後進諸国の発展を語る。やがて貧困はなくなり、世界がフラット化(平均化)するというのだ。
「世界をフラット化して縮めてゆくグローバリゼーション3.0は日増しに欧米の個人だけでなく多種多様な――非欧米、非白人の――個人の集団によって動かされるようになっている。フラットな世界のあらゆる国々個人が力を持ち始めている」(『フラット化する世界』、上巻、24ページ)
国連のミレミアム宣言の動きを背景に、世界の貧困は次第になくなり、フラットな世界が生まれると主張しているのだ。グローバリゼーションがもたらした不都合な問題を無視すれば、こうしたことが言えたかもしれない。
一方のサックスは、発展途上国での体験を通じて仮説を立てる。貧困の撲滅は、世界の資本が発展途上国に投資されることによって可能だと。世界のサプライチェーン化によって後進諸国に工場が建設され、そこで雇用が生まれ、少しずつ所得が上がるというものだ。そしてバングラデシュの縫製工場の話の中でこう断言する。
貧困の原因が資本不足ならば、海外からの資本をどんどん受け入れ、それによって先進国向け工場を誘致し、仕事を多くつくれば貧困はなくなる。これは一面、間違っていない。しかし、問題はその後である。

