たとえば、日本統治期の台湾演劇について調べたいと話したら、先生が河原功先生と中島利郎先生が編集された台湾戯曲関係の資料を紹介してくれました。俳優の仕事もしたいと思っていたら、大学時代の同級生が台湾のプロダクションにつないでくれて、CMやMVの仕事をすることができた。台湾では、何かをやりたいと思ったとき、スピード感をもって話が動いていきます。
――林海象監督から、台湾の映画人も紹介されたそうですね。
林監督に台湾へ行くと伝えたら、親友がいるから紹介すると言われました。それが、エドワード・ヤン監督のプロデューサーでもあった余為彦さんです。
最初に会ったときは、映画プロデューサーという存在に少し警戒心もあり、うまく話せませんでした。ただ、余さんには林監督の教え子だからという理由で、とてもよくしていただきました。
当時の私は中国語もほとんど聞き取れませんでした。特に余さんたち映画人の多くは、戦後に中国から台湾に移住してきた家庭で育っていることもあり、私には聞き取りづらいアクセントだったという理由もあります。映画人特有の冗談や悪口が飛び交う場では、ただ座っているような状態でした。それでも、少しずつキーワードを拾い、拙いながら話すうちに、交流が続いていきました。
今思うと、私はいつも人と出会うのが少し早すぎるところがあります。まだ自分の準備ができていないのに、自分よりずっと高いレベルの人たちと出会い、仲良くなる。余さんはもう亡くなりましたが、今ならもっといろいろな話ができたのに、という悔しさがあります。ただ、その「早すぎた出会い」があるからこそ、後から頑張れる部分もあるのだと思います。
台湾現代演劇はいま、とても熱い
――大学院修了後は、文化庁の新進芸術家海外研修制度の研修員として、再び台湾に戻りましたね。台湾現代演劇を調査するなかで感じた、台湾演劇の特色や魅力は何ですか?
はっきり言えるのは、台湾演劇はいま非常に熱いということです。
コロナ禍で上演数が減った時期がありましたが、その後、上演数は大きく増えています。人気のある作品はすぐにチケットが売り切れる。一方で、すべての作品がうまくいくわけではなく、チケットを売るのが難しいという声も聞きます。それでも、現場全体には大きな熱量があります。
注目している劇団の一つが、窮劇場(アプローチング・シアター)です。去年の第1回台北演劇賞でも高く評価されました。メンバーは2人で、マレーシア華裔の男性演出家と台湾の女性俳優です。作品では、国家・言語・アイデンティティ・移民といったテーマが扱われます。
《Ghostopia》(「ゴーストピア」)という作品では、1950年代にマレーシア華人が弾圧を受けた時代を背景に、亡くなった人々の幽霊が移民やマレーシアの物語を語り出します。単に歴史を再現するのではなく、時代や設定が前後し、映画のパロディーが入り、男女の役割も入れ替わる。2人の俳優がさまざまな役を回しながら、言葉遊びや古典演劇の引用を交えて展開していく。万華鏡のような、とても面白い作品でした。

